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疳の虫を出してみた

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

我が家では、よく親子喧嘩をする。
ふんどし息子は瞬間湯沸かし器のような怒りん坊だし、もちろんわたしも負けていない。
原因はといえば、本当に些細な事だったりする。

思い起こしてみれば、我が家の子ども達は夜泣きがひどく「うちの子ども達は疳の虫が強いのでは?よくお寺に『虫封じ』とあるけれど、あれって本当に効くのかな?」と思いつつ、一度も試したことがなかった。

15年ほど前、親戚の夜泣きがひどく神経質だった子どもが「お寺でを虫封じをしてもらったら、ホントに指から白い糸が出てきて、夜泣きがおさまった」という話を聞いて、「うちの子達にもやってみたかった!」と思っていたの。

『疳の虫』は、赤ちゃんや子どもの夜泣きやかんしゃくのことで、医学的には小児神経症のこととされている。
今でも看板を見かけることがある「虫封じ」の儀式は、乳児の手のひらに真言や梵字を書いてから塩で洗って清める手法で、昔から寺社で行われている。

昨日ふんどし息子が久し振りに暇だというので「一緒に疳の虫を出してみない?」と面白半分に誘い、小林正観さんが「22世紀への伝言」の本に書いているやり方をやってみた。

1.両手を石鹸で1分ほど洗う。
2.濡れた手で塩をひとつかみ、その塩で1分ほど両手をこすり洗う。。
3.両手をよく拭く。
 ※このとき、あとから比較するために、指にタオルの繊維やほこりがついていないか、よくチェックする。
4.次に、鉄棒で逆上がりするときのように胸の前で両手を前に伸ばした状態で、 思いっきり握りこぶしを作って力いっぱい握りしめたまま3分間保持。
5.3分たってから手を開いて掌を確認する。

「疳の虫なんて、ホントに出て来るワケないよね。手を洗って、塩を擦り付けるだけだよ」とか「ま、お金もかからないので試す価値ありだよね」などと話しながら、まずはわたしからやってみる。
半笑いで指先を確認するが、疳の虫らしきものは確認できず。

「やっぱりさあ、わたしのような穏やかな人間には疳の虫がいないのね。『イライラしない人、こだわりから解放された人はほとんど出ない』って書いてあったもん」とうそぶく。

次はふんどし息子の番。
もし疳の虫がホントに出るとしたら、怒りん坊のヤツのこと、さぞかしたくさん出るに違いない。

握りこぶしを開いて、指先をまじまじと見つめた息子が「あれ?もしかしたらこれ?」と呟いた。
「どれどれ?」と顔を近づけると、さっきまで何もついてなかったところから白い糸状のものが飛び出し、よく見ると指の先や指の間から、産毛のような微細な繊維が指全体に散らばっている。

うそお…、マジで?
ひえー、こ、これが疳の虫?!

興奮氣味のわたしに、ふんどし息子が「『この虫出しでは注意点があり、この手から出てきた糸を空気中にまき散らしてしまうと、吸った人が不機嫌になってしまうから、出てきた糸は注意深くセロテープで取り除いて捨てないといけません』って書いてある」とネット情報を読み上げた。

疳の虫はしばらく出続ける模様。
ヤツの疳の虫なんかを吸い込んだら大変!
息を止めながら、セロテープでふんどし息子の指先にペタペタくっつけてみると、かなりたくさんの疳の虫が取れた。

「ふっひっひ。これがお前の疳の虫か。これだけ取れたら母のように少しは穏やかになるかのう」などと悔しそうなふんどし息子に勝ち誇ったように言い放つ。

とはいえ、疳の虫を出したふんどし息子がちょっぴり羨ましかったわたし。
「これから親子喧嘩をした時は、一緒に疳の虫を出そう」と約束した。

そんな会話を交わしたばかりの昨日の今日、またしても下らないことで親子喧嘩が勃発。
腹を立てながらも、約束通り石鹸と塩で手を洗い、3分間掌を握りしめてみる。

興味津々で掌を開けてみる。
すると・・・。

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右手人差し指から長い糸状のものが出ているじゃないですかあ!!
しかもふんどし息子の物よりかなり長い。

分かりにくいので、テープで取って黒いボードの上に置いてみました。

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ながっ!
手を洗った後、確かに何も付いていなかった。
氣を付けてどこにも触らないようにしていたのに。

いやー、驚いた!
穏やかなわたしでも、怒った時はこんなに長い疳の虫が出るのね(そうか?の声あり)

皆さんも是非お試しあれ。

もしかしたら、この方法は誰でも氣軽にできるある種のデトックスなのかもね。


つづく

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座敷わらしに会いに行ってきた(最終話)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

念願だった座敷わらし(オーブ)に会うことができたはいいが、そのあまりの数の多さと元氣いっぱいの動きに圧倒されたわたし達。

「も、もう寝ようか」
「う、うん、もう寝よう!」

「座敷わらしを見るまでは徹夜も厭わず!」の覚悟で挑んだ緑風荘でしたが、座敷わらし達は時を待たずして姿を現してくれ「これでもか」という程一緒に遊んでくれました。

ありがとう!座敷わらし達!!

それはそうと。
ペンデュラムで座敷わらしと意志の疎通ができたのは(思い込みだとしても)面白かった。
ふんどし息子が、自販機の前でジュースを飲むか聞いたところ「飲む!」との返事。
「何を飲むか」と聞くと「リンゴジュースと炭酸飲料」を所望されたとか。

今回、緑風荘で一緒になりお話させて頂いたほとんどの人がリピーターで、しかも座敷わらしの姿をしっかり見た人が意外なほど多かった。
緑風荘の座敷わらしは、3才ぐらいから10代半ばくらいまでの男女の子ども達なんだとか。
中には「座敷わらしを見た後、いい仕事が舞い込んだ」という人もいた。
「家に座敷わらしがついて来た」という方も。

もちろん、全く見ることができなかった人もいる。
わたし達の泊まる前日に「事故物件住みます芸人・松原タニシ」が泊まったらしいのだが、座敷わらしの氣配が一切しなかったという。

面白い。
「コワいもの見たさ」で、恐る恐る松原タニシを遠くから覗いている座敷わらし達の姿が見えるようだ。

座敷わらしがずっと見えなかった人も、一度波長が合って見えるようになると、それからずっと見えるようになるんだとか。

翌朝、美味しい朝食を頂いた後、出立の用意をする。
今日は、金田一温泉駅から銀河鉄道線、青い森鉄道線に乗り、八戸に行く予定。
宿の玄関先には、最寄りの金田一温泉に客を送るべく、マイクロバスが停まっている。

バスの出発の時間になり玄関の外に出ると、お見送りの従業員の方や、一緒にマイクロバスの乗る予定らしい老夫婦、娘がザワザワとしている。
「どうしたの?」と娘に聞くと「今、小王子が座敷わらしを見たらしい」と言う。

なんでも、マイクロバスに乗るために早めに玄関先に出た小王子が、バスを見て「あれ?亀麿さんもバスに乗って駅に行くの?」と聞いてきたらしい。
周りにいた大人たちは騒然となって「え?どこどこ?どこに乗ってるの?」と聞くと「あそこ」と、助手席を指したとのこと。
「どんなお顔?」と聞くと「黒いお顔。イケメンでにこにこ笑ってるよ。服も黒いよ(鎧のようなものらしい)」と答えたんだそう。

座敷わらしさん、まさかの駅までお見送り?
その後、わたしも小王子にあれこれと聞いたのだが、大人たちの過剰な反応に面倒になったのか、小王子はとぼけた顔で「わかんない」としか答えてくれなかった。

こうして、我が家の「座敷わらしに会う旅」は終わった。

わたしは座敷わらし達が来てくれたと信じて疑わない。
すでに、わたしも緑風荘のリピーターの仲間入りをしそうな氣持ちになっている。

わたしの中では、もはや座敷わらしの存在は「いるかいないか」ではなく「どうやって一緒に遊ぶか」という方向に考えが向かっているの。
さすがにおばさんがジャミラごっこをするわけにもいかないしな・・・。

もちろん、信じるか信じないかはあなた次第です!

亀麿さん、イケメンだったのね。
そしてお見送りしてくれたのね・・・。

ありがとう💛

つづく

座敷わらしに会いに行ってきた(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

「もしかしたら座敷わらしが来てくれているのかも」と思いつつも「そんなに簡単に来てくれるはずはないだろう」と思っていたわたし。
「夜中の12時に一人で亀麿神社に行き、100円、50円、10円をお供えして願い事をすると叶う」という話を聞いていたので「まずは子ども達を早く寝かしつけよう」と大人同士打ち合せをする。

座敷わらしが出ると言われている「槐の間」でジャミラごっこをした後、わたし達の泊まる「芙蓉の間」に戻った。
「座敷わらしのオーブが撮れたらいいな」という願望の元、わたしはニコンのカメラ、ふんどし息子はスマホで写真を撮りまくる。
すると「あれ?これ、オーブじゃね?座敷わらしさん、来てるんじゃね?」という興奮氣味のふんどし息子の叫び声が。
「どれどれ?」と、息子のスマホに目を凝らすと。

そこにはなんと、凄いスピードで下から上に走っていく小さな光がしっかり写っているじゃないですかあ!

「ホントだ・・・いる」
間違いなく、埃や虫ではない何かがそこには映っていた。




(特に0:48ごろからたくさん飛んでいます。ときどきフラッシュの光や見づらい部分がありますがご容赦を)                            

娘が「え?まさか。ウソでしょ?」と言いつつ、自分のスマホをかざすと、そこにもしっかり光が映り込んだ。
「・・・ホントだ.」と絶句する娘。

ところが面白いことにわたしのニコンのカメラだとシャッターが下りなくなるだけで、オーブらしきものは映らない。
どういう仕組みになっているかはわからないが、今、ここに何かがいるのは確かなようだ。

ふんどし息子がペンデュラムを持ち出して、動きが激しい方向にスマホを向けると、かなりの確率でオーブをとらえることができることが分かった。

始めのうちこそ興奮して「来ている!座敷わらしさんが!!」と騒いでいたが、慣れというのは恐ろしいもので、ものの一時間も経つと眠さが勝って来た。

「だってさぁ、座敷わらし達は現れてくれたけど、夜中のお参りにも行かなくちゃならないし」などと言い訳をしつつ、部屋の隅に敷かれた布団に、ごろりと横になる。
すると右手にブンブンと回っているペンデュラムを持ち、左手にスマホをかざしたふんどし息子が「今、オカンのところにオーブがいっぱい下りてるよ。多分お腹の上で遊んでるみたいだ」と、うれしそうに言った。

見える、見えるぞ。
わたしの腹の上で飛び跳ねている着物を着たわらしの姿が。

「オーブが心を開いておる。子ども達よ、わしのめしいた目の代わりによく見ておくれ」
「ひめねえさま、真っ青な昔の着物を着ているの。まるで金色の草原を歩いているみたい」
「おおお・・、その者蒼き衣を纏いて金色のハラに降りたつべし。古き言い伝えはまことであった」
・・・って、ナウシカかっ!

ほほう、そうかね。
ババ様の腹はそんなに遊び心地がいいかね。
たーんと遊ぶがいいわ。
などと座敷わらし達に語り掛けるわたし。

そうこうしているうちに、孫達は眠りにつき、12時を過ぎた頃に大人たちは一人ひとり亀麿神社にお参りに行く。
左から100円、50円、10円を置き、願い事を申し上げる。

わたし?
もちろんふんどし息子にいい嫁が来るようにお願いしましたとも!

「芙蓉の間」に戻り、再びスマホをかざしたところ。
何と、スゴイ数のオーブが滝のように写っているじゃないですかあ!!!

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もうね、目の錯覚とか、いるとかいないとかの話じゃない。

い、いったいどうした?
・・・あのぉ、もしかしてですけど、あなた達もジャミラごっこがしたいんですか?

大量のオーブ達の興奮したような動きに、ドン引きするわたし達親子3人なのでした。


つづく

座敷わらしに会いに行ってきた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

2009年10月に不慮の火災により全焼してしまった、座敷わらしで有名な緑風荘。
でも凄い火勢だったにもかかわらず、怪我人は一人も出ず、中庭にある亀麿神社も燃えなかった。
面白いことに、近所の人が亀麿神社に子どもが入って行ったのを見た、という話も残っている。

今回の旅行のメンバーは、わたしとふんどし息子、娘と6歳の王子と4歳の小王子の5人。
キャンセル待ちで急に行くことになった旅行、しかも孫達との初旅行ということもあり、否応なくテンションが上がる。

緑風荘に着いたのは午後4時前。

             DSC_0453_convert_20191121104516.jpg

まだ木の香が残っているような、新しくて綺麗な平屋の建物だ。

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部屋も小綺麗でいい感じ。
早速宿の中を探索する。

おー、ここが噂の槐の間!
・・・ん?
何故か腕に若干の鳥肌が。
氣のせい、だよね?

中庭にある稲荷神社と亀麿神社は紅葉に彩られ趣深い。

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皆でお参りし、その際「わたし達は芙蓉(ふよう)の間に泊まっています。どうぞ遊びに来てください」と声に出してお願いする。

部屋に戻り、温泉に入って部屋で寛いでいると、娘が「あれ?どこかに子どもがいる?『キャキャキャ』って、子どもの笑い声がしたんだけど。まさかね」と言い出した。
「それ、きっと座敷わらしだよー」と半笑いで返した後、夕食を頂くために食堂に向かう。

とはいえ、娘はかつて「小渕首相が死ぬ夢見ちゃった」と言って家族に笑われた一週間後、ホントに突然小渕首相が亡くなり、皆を震撼させたという経験の持ち主。
ちょっぴり「もしかしたらもしかするかも」という氣もしていたのだが。

食堂には、地元食材をふんだんに使った心づくしの料理が、テーブルに所狭しと並んでいる。
海の幸の料理は、酒肴になる美味しそうなものばかり。
ビールを頼みたいところだが、ガマンガマン。

こんな涙ぐましい努力(?)も、ひとえに座敷わらしに会いたいがため。
だってわたし達は遠路はるばる座敷わらしに会いに来たのだから。
酒臭い大人を子どもが嫌うのは、きっと今も昔も変わらないよね。

座敷わらし達に嫌われないようにして、今日は徹夜をしてでも座敷わらしに会うつもり。
Youtubeを観ると、皆、夜中の4時頃まで頑張って動画を撮っている。

いよいよ槐の間で亀麿さん達に声を掛けながら「一緒に遊ぼう」アピールする。
「達」というのはここにいる座敷わらしは亀麿さんだけではないらしい。
どうやら座敷わらし軍団、とでもいうくらい結構な人数の童達がいるみたい。

床の間には、座敷わらしに会いたいという願いを込め、宿泊者が玩具だの絵本だのを置いている。
昔は玩具やぬいぐるみが山のように飾ってあったが、今は宿泊者が帰る時に持って帰るシステムになっている。

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娘は声を出して絵本を読み始め、王子も小王子も「亀麿さん、遊びましょっ」と言いつつ自分の持ってきた玩具で遊び始めた。

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そのうち興の乗ったふんどし息子が、辺りに人がいないのをいいことに「ジャミラー!!!」と叫びながら王子と小王子を追いかけ始める。

ふんどし息子め、全力で楽しみ始めたな。
おいっ、赤いふんどしが見えてるぞ!

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キャーキャー言いながら本氣で逃げ惑う王子達。

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赤いふんどしをたなびかせて王子達を追い詰める。
もはや妖怪ふんどしオジジ。

こ、これはコワい。
マジでコワい。

なまはげとか獅子舞いとかの類の怖いヤツだ。
しかも予測のつかない動き方をするもんだから、尚更コワい。

こらっ、座敷わらし達が怖がって出てこなくなったらどうするんだ!
・・・っていうか、他の宿泊者にこんな姿を見られたらどうするんだっ!!

危険を感じたわたしに促され、皆で部屋に帰ったが、部屋でも「ジャミラごっこ」の続きをするふんどし息子と王子達。

ほらぁ、お前にせいで小王子までチビジャミラを始めちゃったじゃないか。
ってか、そもそもジャミラってなんだよっ!

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・・・可愛いから、ま、いっか。

しばらくして、小王子と一緒にジュースを買いに行った娘が、訝し氣な顔をして部屋に入って来た。
「今、暗くなった廊下を歩いていたら、ダウンライトの電氣が急に点いてまた消えたの。人感センサーなのかな?」

そんなワケはない。
わたしが歩いた時は、普通のライトで暗いままだった。

「それも座敷わらしだね、絵本を読んでくれたからお礼してくれたのかもよ」と、半ば真面目な顔で返す。

でもこの後「座敷わらしさん、マジでホントに来てくれているんですね」と、確信する出来事が起こったのでした。

つづく

座敷わらしに会いに行ってきた(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昔、このテレビ番組を観て、行ってみたかった岩手の緑風荘(りょくふうそう)。

(3分20秒頃から)



座敷わらし伝説で有名な宿「緑風荘「」は、岩手県二戸市の金田一温泉にある。

『およそ670年くらい前の南北朝時代。
当家の先祖である藤原朝臣藤房(万里小路藤房)は、南朝の後醍醐天皇に仕えていました。
しかし、南北朝戦争において南朝は敗北し、北朝の足利軍に追われ現在の東京都あきる野市に身を隠しました。
その後、さらに北上を続け、現在の岩手県二戸市にたどり着きました。 道中、二人連れていた子供の内、当時6歳だった兄の亀麿が病で倒れ幼き生涯を閉じました。 その際『末代まで家を守り続ける』と言って息を引き取ったそうです。
その後、守り神<座敷わらし>として奥座敷の槐(えんじゅ)の間に 現れるようになったと言い伝えられています。
その姿を見たり、不思議な体験をした人は大変な幸運(男=出世 女=玉の輿)に恵まれると伝えられ、実際座敷わらしに出会った人には必ず良い事があったそうです。
また、ひとたび座敷わらしに気に入られると、どこであろうと座敷わらしが会いに来てくれるそうです。
座敷わらしとして現れる「亀麿」は昔から多くの著名人も目撃し、 また、現在も多くの宿泊者に不思議な現象を起こし沢山の体験談で語り継がれております』   (緑風荘HPより)

数えで6歳というと、今の4~5歳。
死に際に『末代まで家を守り続ける』と言うとは、天晴れ!
さぞかし賢く凛々しいお子だったのだろう。

本田宗一郎や金田一京助、遠藤周作、水木しげる、そして東北旅行の際に宿泊し、その後総理大臣に就任した原敬等、座敷童に遭遇してから出世している人は枚挙に暇がないらしい。

かつて母屋の奥座敷「槐(えんじゅ)の間」に座敷わらしの目撃例が多く、文化人・著名人がこぞって宿泊し、3年先の予約まで埋まっているとされていたが、2009年10月に不慮の火災により全焼してしまい、先ほどの動画のつのだじろうの絵も燃えてしまった。
「座敷童がいるのに火事になるなんて。もうどこかにいってしまったのでは?」と、心無い人達に囁かれたりしたが、かなりの火勢だったにもかかわらず、中庭にある亀麿神社は焼け残った。

それから2011年に3・11があったりと困難を極めた再建が2016年5月にかない、6年半ぶりに営業を再開した。
部屋数は10室あり、人氣の「槐(えんじゅ)の間」はオープンスペースになって、宿泊客はいつでもそこで過ごすことができるようになった。

現在も予約は取りにくい様子だけれど、「オモシロ道」(なんだ、それ?)黒帯のわたしは、なんとしても一度行かねばならぬ、と思っていたの。

先週、娘一家がムスコの実家の青森に行くというので、ちょうどそのタイミングに合わせて緑風荘にキャンセル待ちを入れておきました。

「こういうのって、お呼びがなきゃ行けないんだよね」などと思っていると。
来ましたよ、一週間前にキャンセルが出たというお電話が。
「お呼び、キター!」と、鼻の穴を膨らませるわたし。

バタバタとスケジュールを合わせ、ふんどし息子と娘、6歳と4歳の孫と、あの緑風荘に急遽行くことになったのでした。

つづく
プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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